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2018年4月22日日曜日

映画「マルクス・エンゲルス」を鑑賞する人のために(1)

平野喜一郎


若きマルクスとエンゲルスを描く映画「マルクス・エンゲルス」が五月十二日からシネ・リーブル梅田で、六月九日からシネ・リーブル神戸で公開される予定です。この作品をより深く観賞するためにと経済学者で三重大学名誉教授の平野喜一郎さんにご寄稿いただきました。(三回連載)



ライン新聞時代のマルクス、出版取締法反対と農民の権利の擁護

今年はマルクス生誕二百年である。これを記念した作品でマルクスとエンゲルスを主役にした作品が映画史上はじめて登場した。ヨーロッパでのマルクスへの関心の高まりの反映であろう。たとえばイギリス労働党党首ジェレミー・コービンはマルクスを称賛している。
若くて、人間的魅力にあふれたマルクスとエンゲルスの友情物語である。一八四四年、パリで再会した両人が、一八四八年に共著『共産党宣言』を発表するまでの波乱万丈の物語である。ただ、一八四〇年代のヨーロッパの歴史については、日本ではかならずしも知られていない。そこで映画の舞台になった場所と、二人の生活と活動について書いてみよう。
マルクスはベルリン大学を卒業したあと、一八四二年から一八四三年にかけてライン新聞の執筆者として活躍した。この新聞は、ドイツでもっとも先進的な地方で、そこの自由主義的なブルジョアジーが発行していた新聞である。マルクスがライン新聞に最初に書いた政治的論文は、プロイセン政府の出版物検閲に対する反対論である。もうひとつの政治的論文は、「木材窃盗取締法」に反対する論文である。緑の枝を木から切り離せば、たしかに窃盗である。しかし、枯れ枝は所有から切り離されたもので、これを拾っても窃盗にはならない、とマルクスは主張した。映画はライン地方の森で農民が馬に乗った軍隊などに追われる場面からはじまる。それまで農民は地主所有の森へ自由に入って枯れ枝を拾っていた。それは慣習的に認められた農民の権利であった(江戸時代の日本にも同じような入会権があった)。ところが地主たちがこれは「木材窃盗」だといって禁止し、森に入る農民を暴力で追い払ったのである。

© AGAT FILMS & CIE ‐ VELVET FILM ‐ ROHFILM ‐ ARTEMIS PRODUCTIONS ‐ FRANCE 3 CINEMA ‐ JOUROR ‐ 2016

正義感にあふれたマルクスは、農民を擁護する論陣を張った。この論文は、後にマルクスが「初めて私はいわゆる物質的利害関係に口出しせざるを得なかった」といって経済への関心を持った事件であった。エンゲルスもマルクスからいつも聞いていた話として次のように書いている。マルクスは「木材窃盗取締法とモーゼル農民の状況を扱うことによってこそ、政治一本槍から経済諸事情へ注意を向けさせられ、社会主義ヘ到達したのだ」と。
ところが、支配層はマルクスの摘発文を許さずライン新聞を弾圧した。ドイツではやはり言論の自由がなかったのである。そこで、マルクスはルーゲの援助で結婚したばかりの妻とともにパリへいくことになる。そこでかれは「独仏年誌」を創刊した。
その頃エンゲルスは父親が経営者であるエンゲルス紡績会社ではたらいていた。彼は一八三七年に高校を中退して以来父親の手助けをしていたのである。しかし、小さいときから貧しい人に同情していたエンゲルスは、その立場と自分の考えとの矛盾に悩んでいた。ライン新聞の読者であったエンゲルスは、一八四二年、ライン新聞社へマルクスを訪ねている。一八四二年から一八四四年、彼はイギリスのマンチェスターの工場で働き、一八四三年末には「国民経済学批判大綱」を書いてスミス・リカードら古典派経済学を批判している。
(続く)→第2回第3回

映画「マルクス・エンゲルス」

ラウル・ペック監督作品/2017年、フランス・ドイツ・ベルギー合作、118分/カール・マルクス生誕200年記念作品/公開予定:5月12日(土)~=シネ・リーブル梅田☎06‐6440‐5930、6月9日(土)~=シネ・リーブル神戸☎ 078‐334‐2126

公式サイト:http://www.hark3.com/marx/
予告編:https://youtu.be/6t5on9lZOJw

(兵庫民報2018年4月22日付)

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