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2018年4月15日日曜日

「健康権」と日本社会(3)

井口克郎(神戸大学大学院人間発達環境学研究科)

第三回 健康権を行政や司法に守らせる

批准後約40年も周知・定着されず

ところで、健康権規定を含む「経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約」については、日本政府は一九七九年に批准しておきながらも、社会保障制度・政策等に真摯に反映してこなかった経緯があります。司法も従来、「経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約」を裁判の場での判断に誠実に活かそうとはしてきていません。同規約への批准から約四十年も経つ今日においても「健康権」という言葉が日本で周知されず、定着していないことが何よりもその表れです。
しかし、このような政府や司法の不誠実な態度は、明確に憲法に違反します。憲法九十八条二項は、日本が締結しまた国際的に確立した条約について、その誠実な遵守を求めているからです。また、国際条約を行政、司法、立法の場にきちんと反映させない日本の情けない対応は、現に国連からも再三厳しく批判されています。国連経済的・社会的及び文化的権利委員会は、「第五十会期において委員会により採択された日本の第三回定期報告に関する最終見解」(二〇一三年)の中で日本政府及び司法に対し、「経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約」が国内法体系において効力を与えられていないこと、裁判の場においても適用されていないことについて厳しく批判しています(注1)。

反映の必要性を認めさせた兵庫生存権裁判高裁判決

このような経緯から、近年一歩前進の出来事がありました。それは、生活保護受給者の方々が国による生活保護老齢加算廃止の違憲性を争った兵庫生存権裁判の中で、大阪高裁判決(二〇一五年十二月二十五日)が「経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約」の内容を、憲法や国内法の解釈に反映させなければならないことをようやく認めたのです(ただ、これはいわば間接的適用であり、また判決自体は原告の主張を退けるもので不当判決だったのですが)。当然、このことは健康権の日本での活用の実現に向けて大きな一歩です。今後いっそう、裁判所には憲法および同規約の内容・理念を踏まえた遵法かつ賢明な審理・判断が期待されています。
憲法や「経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約」等の国際条約は、今日改めて読んでも、非常に豊かな人権観を提示しています。それらがうたっていることを、行政が社会保障政策などの場面で誠実に反映させれば、また司法が素直にそれを司法判断に反映させれば、今日のような貧困や不平等の渦巻く「格差社会」にはなっていないはずなのですが、誰に「忖度」しているのか、人々の基本的人権を誠実に実現しようとしない態度が今日の行政や司法、立法の場では多く見受けられます。
今日、全国各地で安倍政権による社会保障切り下げ政策の違憲・違法性を問う裁判が膨大な件数展開されています。生活保護引下げに関する生存権裁判・いのちのとりで全国アクション、年金引き下げ違憲訴訟、障がいのある方々の裁判など、こういった運動の主張の核となってきた生存権や生活権等に並んで、健康権を掲げることが必要です。

いまこそ憲法や国際条約が示す豊かな人権規定の実現を

先に触れましたが、生存権裁判では「経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約」の裁判規範性を一部認めさせることができました。人権の実現を求める様々な運動が連携してこういった成果をお互いに共有・利用し合いながら、司法や行政のあり方を変革し、憲法や国際条約が示す豊かな人権規定を実現していく時です(注2)。
(おわり)


(1)国連、経済的・社会的及び文化的権利に関する委員会「第五十会期において委員会により採択された日本の第三回定期報告に関する最終見解」二〇一三年。
(2)朝日訴訟や堀木訴訟の流れを受け継ぎ今日全国で展開されている様々な社会保障裁判の動向と交流については、井上英夫・藤原精吾・鈴木勉・井上義治・井口克郎編『社会保障レボリューション―いのちの砦・社会保障裁判』(高菅出版、二〇一七年)をご参照ください。

(兵庫民報2018年4月15日付)

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