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2018年2月13日火曜日

被災者の声に直接耳を傾けた野中広務さん

被災者ネットワーク 安田秋成


私の手元に一枚の写真があります。自民党本部三階、野中広務幹事長代理(当時)の部屋です。野中さん(中央)、酒井道雄さん(右から二人目)、宮下源彰さん(左)、私(右)です。一九九七(平成九)年五月十二日午後一時過ぎのことでした。
「被災者生活再建支援法」を実現するため、自民党の大物政治家に阪神・淡路大震災被災者の実状を訴え、力を貸してくださるようお願いしました。
私は、仮設住宅の夏は室内四十度、冬は埋め立て地・造成地のため風が吹き荒れて寒さがきびしく、被災者は部屋に閉じこもります。病状悪化、孤独死、自殺、栄養失調で倒れる、明日の見えない生活で酒におぼれるなど、仮設暮らしのつらさを具体的に話しました。
宮下さんは「源平すし店を四十年続けてきましたが、店も住む家も全壊しました。再建の努力をしていますが、あと五百万円あれば開店できます。助けてください」と訴えました。
秘書が再三時間を告げにきましたが、野中さんは一時間も聞き、ハラハラと涙を流しました。「私の所には知事や市長もよく陳情に来るが、こんな話は初めて聞いた。私のできることは精一杯やります」と答え、「仮設から来てくれてご苦労さん」と温かく見送ってくれました。
私たちは心が通じたと深く感謝し、最敬礼して部屋を出ました。
翌九八(平成十)年五月に成立した「被災者生活再建支援法」に野中さんが力を尽くされたと聞いています。
被災者の声を直接聞いてくださった大物政治家、国民の声・弱者の声を聞いてくださった野中さん、「一・一七」とともに私の心に深く深くきざみこまれました。
安らかにおやすみください。

(「兵庫民報」2018年2月11日付)

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