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8月 21, 2011の投稿を表示しています

日本共産党兵庫県委員会が地方議員研修会

福祉と防災のまちづくりと住民の期待にこたえる大きな党づくり


日本共産党兵庫県委員会は八月十九、二十の両日、たつの市内で県内の全地方議員を対象にした研修会を開きました。

岡正信県委員長が「大震災・原発問題と日本共産党の役割」と題して基調報告しました。

岡県委員長は、阪神・淡路大震災以来のたたかいが、東日本大震災での災害援護資金の特例措置(保証人なし、返済免除の拡大)や「二重ローン」対策などにも反映していることを紹介。ひきつづきボランティア活動をはじめ救援・復興闘争に正面からとりくむことをよびかけました。

地方政治のあり方にふれ、「東日本大震災は、これまでのとりくみ姿勢や努力、規模や水準では、住民の命と暮らしを守る地方自治体の根本的な使命を果たしきれない現実を示した」と指摘。福祉と防災のまちづくりへ、「ふさわしい内容と規模、立場で前進させるためにも、積極的にとりくんでいこう」と力説しました。

「党勢拡大大運動」でも、国民の認識の大きな変化をとらえた奮闘を呼びかけました。 これを受けて、県議団をはじめ七つの議員団が住民要求実現のたたかいと「党勢拡大大運動」の活動と決意を報告するなど、交流しました。
◇ 党中央政策委員会の佐藤洋氏が「原発ゼロの合意をつくり、自然エネルギーの本格的導入を」と題して記念講演。

佐藤氏は、ドイツやデンマークなど自然エネルギー促進の先駆的なとりくみや、高知県梼原町、岩手県葛巻町、各地の「土地改良区」による農業用水を利用した小水力発電のとりくみなどの事例を紹介しながら、自然エネルギー拠点としての自治体づくりを呼びかけました。

そのために、①地域資源をさがして活かす②地域のエネルギービジョンをつくり共有する③住民の共同で自然エネルギー推進の政策・運動をすすめる④人材をみつけ育てる⑤既存の制度の活用と必要な制度創設―などにとりくむことを強調しました。地域の風力や水力の活用をはかるための「風の地図」や「小水力エネルギーマップ」づくりなども紹介しました。
◇ 研修会では、専門家を講師にした「兵庫の国保問題」「公契約条例」「自然エネルギー」「ニュースづくり」の四つの分科会や高校学区統合問題の交流会、女性議員、若手・新人議員の交流会もおこなわれました。

(2011年8月28日付「兵庫民報」掲載)

高校学区拡大案:反対の声急速に広がる

公立高校の通学区域を現行の十六学区から五学区に統合・拡大する案に対し、反対の声が急速に広がっています。
* 全県五学区案は、県教育委員会が設置した高等学校通学区域検討委員会がことし六月末に発表した「素案」によるもの。入試制度を全学区で複数志願制とし、現在の中学一年生の受験時から実施するとしています。 なお、昨年四月に同検討委員会が発表した「中間まとめ」では、学区を広げる方向が示されていたものの、具体的な学区数はしめされていませんでした。

パブコメ2362通:「懸念の声多い」と県教委

 県下七カ所で開かれた「素案」の説明会では、どの会場でも「高校が遠くなって通えなくなる」「通学費の負担が増える」「地域の高校がなくなるのではないか」「競争がはげしくなる」と異論が続出し、後に「賛成の意見を言ってくれそうな人がなにも言ってくれない」と県教委がこぼす場面もあったといいます。

素案の発表と同時に実施されたパブリックコメント(県民からの意見募集)には、二千三百六十二通にのぼる意見が寄せられました。教育関係のものでは異例の多さです。 兵庫の教育をよくする県民会議など運動団体のほか、連合の教職員組合も意見提出を呼びかけたことや、地域によっては学校長がPTAに「反対の意見を出してください」とのべるなどの動きもあったことが反映していると見られます。

県教委は、集計中として、まだ内容を発表していませんが、県議会文教常任委員会では「懸念の声が色いろ出されている」と認めざるをえませんでした。

市町長や市町議会からも異論続出

市町議会や、市町の首長・教育委員会による、反対の発言や動きも相次いでいます。

明石市では、市長自らが説明会に参加し「半世紀ぶりの改革をなぜこんなに急ぐのか」などと発言。七月二十七日には、市長・市議会議長・教育長と連名で学区再編に反対し明石学区の維持を求める意見書を提出しました。さらに、県教委に意見書を出している他の首長に意見交換会の開催を呼びかけています。

連合PTAなどが地域住民数万筆の署名を集め、三市二町が要望書を出した但馬地域では、八月十一日に開かれた知事を囲む地域づくり懇話会で、豊岡市・養父市・香美町の各議会議長が学区問題で発言。「地域住民の願いを尊重していただきたいという私たちの要望がまったく活かされておらず素案に大きな驚きとショックを受けている」(豊…

救援ボランティアレポート(第5回)福島県いわき市

被災者の将来不安に耳を傾けて


日本共産党県常任委員 門屋史明

日本共産党兵庫県委員会の第五回救援ボランティアは、八月十九日に出発し、二十二日に帰神しました。中学生~大学生などの若者から六十代まで総勢十四人で福島県いわき市の日本共産党ボランティアセンターで活動してきました。

二十日は作業班と聞き取り班に分かれて活動、二十一日は、雨のなか、雇用促進住宅と仮設住宅での聞き取りを行いました。

作業班は、八月二十七日に地域で行われる久之浜復興祭の会場のがれき処理やゴミの分別、ガラスや陶器の破片などの撤去などを行いました。子どもたちも楽しみにしているという祭りの会場なので、細かなガラスなどもていねいに処理してきました。

初めて参加した大学二年生の北垣健太(20)さんは、「道で会った人に、『ありがとう』と言われてうれしかった」と話し、四回目の参加となる玉田将悟さん(24)は、「久之浜では三回目の作業となり、少しづつ片付いている様子がわかった。これからも復興に進んでいく様子を見ていきたい」と語っています。

双葉町に住めないのなら代替地や家の提供を


聞き取りでは切実な声や要望がたくさん寄せられました。

雇用促進住宅では、原発から三㌔㍍地点という双葉町の夫婦とその息子さんと二時間半にわたって対話になりました。

妻のAさんは、「地震のときは体育館に逃げたが、恐怖と寒さで気が狂いそうだった。翌日の朝、水素爆発が起こって何が何だか分からないままさらに避難。すぐに帰れるだろうと思ったのに帰れない」と話し始め、「看護師の娘は、水素爆発の時、外で患者をヘリコプターに乗せていて、灰もかぶった。被曝量を調べて大丈夫と言われたが、本当か?」と不安げに語りました。 また、「田んぼもしながら友だちと話して楽しい生活をしていたのに、故郷でそんな生活が望めないなんて、無念でならない」と目に涙をうかべて訴えました。

息子のCさんは、「一番困るのは、双葉がどうなるのか見通しがまったく示されないこと。住めないなら住めないと言って、代替の土地や家を提供するなりしてほしい」と国や東電への要望も話しました。

夫のBさんも、「ここに入るのにも一苦労だった。アパートを探しても何もない。空いている賃貸もあったろうに、市がほとんど借り上げて、私らにはまわってこなかった」と無念な思いを語りました。 原発署名をよびかけると、「実…

明石革新懇が第8回総会

明石革新懇は八月二十日、第八回総会を開きました。


前年度の活動報告と決算を承認したのち、二〇一一年度の活動方針を論議。全国革新懇三十周年記念総会で確認された「東日本大震災や福島原発事故から立ち上がり新しい日本をめざすために革新懇運動の新たな飛躍が必要になっている」ことを確信として、①明石駅前再開発問題②原発からの撤退、自然エネルギーの本格的導入を求める③普天間基地撤去、核廃絶、平和な日本をめざすこと―などの具体的課題にとりくむこと、「革新懇づくり」では、全国ニュースの普及、明石革新懇ニュースの年七回の定期的発行などを活動方針として決定しました。

 また、入山明氏、若林正昭氏など六名の代表世話人、事務局体制を確認しました。

(湯原季一郎=明石革新懇)

(2011年8月28日付「兵庫民報」掲載)

原発問題を考える:三田革新懇

三田革新懇は学習会「福島原発事故から考える地震列島の原発とくらし」を八月二十一日、三田市総合福祉保健センターで開きました。

講師には、元関西電力労働者の速水二郎氏を招きました。 速水氏は、一九六〇年当時、科学技術庁が原発事故による被害額を試算し、その額は国家予算の二倍にのぼるとされながら、一部のマスコミの報道にとどまり、お蔵入りなっていたことを紹介し、原発はけっしてクリーンでも安全でも、「安い」エネルギーでもないことを強調。 さらに、福井原発で事故が起これば八十㌔㍍圏内の三田市でも甚大な被害が生じることを警告しました。

(2011年8月28日付「兵庫民報」掲載)

市民病院問題で学習会:明るい加古川市をつくる市民の会

八年ぶりに活動を再開した『明るい加古川市をつくる市民の会』が八月二十日、「地域医療を守るための市民病院問題学習会」を加古川市民会館で開きました。

 兵庫県自治労連の今西清書記長が講演し、日本共産党加古川市議団からも病院存続に絡んだ活動報告を行ないました。

 今西氏は「この運動は市民のみなさんが、一人一人のための医療をつなぎ止める闘いなんです」―と話を切り出し、加古川市が進める病院統合・再編計画の問題点を指摘しました。その問題とは①旧加古川市民病院(現・西市民病院)と旧神鋼加古川病院(現・東市民病院)とはもともと全く別の性格を持った病院でそれを統合し公立病院へ強引に近づけるもので無理があること②軽い病気では受診できなくなること(二次医療専門)③入院が二週間を越え慢性期に入った患者は退院を迫られる―などをあげました。 最後に「経常利益重視ではなく、市民への医療の提供を第一に考えるべき」「憲法にうたわれている、人間が人間らしく生涯生きていくこと—それを加古川市がビジョンとして持っているのか?」と批判しました。

 参加者からは「大きな勇気を貰った学習会だった」などの感想が寄せられています。
(井上津奈夫=加古川市議) ◇ 今年四月、公立病院である加古川市民病院と民間病院の神鋼加古川病院が組織統合され、地方独立行政法人加古川市民病院機構が発足。二病院はそれぞれ「西市民病院」「東市民病院」として再編されました。

 これに対し、市民からは、数年後に計画されている新しい統合病院開設で、現在の二病院がどうなるのか、新病院へ巨額の財政が投入され市財政はどうなるのか、不安の声が上がっています。これに応えようと開かれたのが今回の学習会です。

 (2011年8月28日付「兵庫民報」掲載)

憲法ミュージカル「ドクターサーブ」

中村哲医師を描いて


憲法ミュージカル「ドクターサーブ」(同実行委員会主催)の公開稽古が8月21日、神戸ハーバーランドのスペースシアターでおこなわれました。10月に大阪4会場、神戸1会場で上演するこのミュージカルは、アフガニスタンの無医村地域で医療活動と農業用水路建設にとりくんでいる中村哲医師が主人公です。大阪や兵庫から公募に応じた約140人が出演。本番めざし毎週末、稽古を重ねています。

大阪・神戸の弁護士が呼びかけ
10月30日 神戸文化ホール

パキスタンでのハンセン病治療から始まりアフガニスタンのペシャワールに基地病院をつくり、水枯渇と飢餓、アメリカの空爆に苦しむ国民を、たくさんの井戸と水路建設、農地開拓で支える中村さんは「ドクターサーブ(先生さま)」と呼ばれ、慕われています。 その30年以上にわたる活動を描くミュージカルで、作・演出は田中暢さんです。

大阪と神戸の多くの弁護士たちが共同代表や呼びかけ人になり、公演成功へ全力でとりくんでいます。神戸公演は神戸文化大ホールで10月30日(日)午後開演です。

ことし5月、出演者やスタッフを募るオーディションがおこなわれ、152人が集まりました。公演事務長を務める篠原俊一弁護士(関西合同法律事務所)は「100人くるかと心配していたら、大勢集まったので驚いた」と言います。

全員出演の予定でしたが、仕事の都合がつかなくなった人が10人ほど出ました。 出演者たちは毎週末、歌と踊りの練習とともに、アフガニスタンの歴史、中村さんたちペシャワール会の活動などを勉強しました。 衣装は、渡された布で各自が作成。最高齢は73歳。最年少は大畠和歩ちゃん2歳7カ月です。

出演者のひとり兵頭憲一さん(37)=神戸市東灘区=は「ハンセン病についても、イギリスやソ連の侵略にさらされつづけたアフガンの歴史も、知らないことばかりでした」と言います。 男性は全員、髭を伸ばしますが「法廷での仕事がら、先日いったん剃った」と笑う今西雄介弁護士(31)=神戸合同法律事務所=は、中村医師に心服する「ちょっと血の気の多い男」を演じます。「全員合唱に感動し、演じながら泣いてしまうときがある」と話します。


この日の公開稽古を観た、共同代表のひとり藤原精吾弁護士(あいおい法律事務所)は「出演者たちの熱い思いが、ひとつになった歌声と踊りに感動…

神戸兵庫・荒田平和盆おどり

地域住民が運営し大盛況


夏恒例「荒田平和盆おどり」(実行委員会主催)が8月19日と20日夜、神戸市兵庫区の荒田公園でひらかれました。

この平和盆おどりは地域の商店や住民から提灯やうちわ、チラシ作りの資金カンパが毎年寄せられています。太鼓演奏と踊り指導も住民有志です。 2日目は雨で切り上げ終了しましたが、初日は500人近い住民が参加し、踊りの輪もふくらみました。

安田秋成実行委員長(85)は「暑さで音響が悪かったが、みなさんに楽しんでもらえた」と語りました。 明石で大空襲、神戸で震災に遭った中村正義さん(78)は「東日本の犠牲者を供養しようと盆踊りに参加した」と話していました。

(2011年8月28日付「兵庫民報」掲載)

神戸・北区原爆展

広島原爆の実寸大を展示


北区原爆展(神戸北区原水協主催)が8月19日から3日間、藤原台の北神区民センターでひらかれました。ことしで4回目です。

広島・長崎の原爆写真パネルや、新婦人北支部が作成した広島原爆リトルボーイの実寸大画3㍍などが展示されました。 2歳で被爆し12歳で死亡した佐々木貞子さんの生涯を記録したパネルの前では、熱心に説明を読む小中学生の姿がみられました。



(2011年8月28日付「兵庫民報」掲載)

尼崎平和のための戦争展

反原発の記録映画を上映

第16回尼崎平和のための戦争展(同実行委員会主催)が8月19日から3日間、尼崎市労働福祉会館でひらかれました。

展示コーナーでは、日本の侵略戦争、沖縄戦、ことしの原水爆禁止世界大会の報告などをパネルで紹介していました。

また、ことしは山口県上関町祝島の原発建設反対運動を記録した映画「祝の島」(纐纈あや監督作品)を上映。専門家の講演もおこなわれました。

(2011年8月28日付「兵庫民報」掲載)

兵庫県農民連が記念誌発行

「写真で見る20年のあゆみ」

兵庫県農民運動連合会(永井脩会長)が記念誌「写真で見る兵庫農民連20年のあゆみ」を作成しました。

兵庫農民懇での話し合いを経て、89年2月の結成以来、日本農業を守り、生産者の生活安定と食の安全を追求してきた兵庫県農民連の運動足跡を、写真と報道記事でまとめています。減反や米輸入反対の闘い、産直を通した新婦人との交流などを紹介しています。

編集に携わった上野信行事務局長は「多くの協力で農民連の今日があると、再認識している」と語っています。

A4判16㌻、頒価500円(送料含む)、☎078・914・3491

写真:「運動の貴重な記録を多くの人に読んでほしい」と話す上野信行事務局長(前列左)ら県農民連の事務局員たち


(2011年8月28日付「兵庫民報」掲載)

たんぽぽ親子クラブ:自然観察会に子らの歓声

「神戸子どもを守る会・たんぽぽ親子クラブ」(田中敏夫代表)は8月20日、神戸市須磨区多井畑の奥須磨公園で自然観察会をひらきました。親子ら25人が参加しました。

公園内の小松池で子どもたちは、ミナミヌマエビやヨシノボリ、各種トンボのヤゴ、タニシを網ですくいあげ大喜びでした。 また「奥須磨公園にトンボを育てる会」の山本辰也さんが、池の生きものたちを説明。仕掛けを使って、ザリガニやオタマジャクシ、大きな魚をすくい上げると、子どもたちは驚きの連続で、楽しい一日になりました。


(2011年8月28日付「兵庫民報」掲載)

北但広域ごみ焼却施設計画:事務監査請求署名スタート

「北但馬三カ所の焼却施設を廃止して一カ所に大型施設をつくる計画の見直しを」「全国初のごみ焼却施設用地の強制買収はやめよ」
―二つのスローガンを掲げる事務監査請求署名運動の「スタート集会」が八月十一日、豊岡市民会館で開かれました。

この集会は、豊岡市、香美町、新温泉町の住民でつくる「北但ごみ問題の会」(事務局=但馬民商気付)が主催、九月十日までの一カ月間に一市二町それぞれの有権者の五十分の一以上の署名を集める目標を申し合わせました。

100トン切る現量に174トンの計画

豊岡市、香美町、新温泉町で構成する北但行政事務組合(管理者=中貝宗治豊岡市長)は、豊岡市竹野町森本坊岡地区の山林約三十七ヘクタールを買収して、日量百七十四トンの広域ごみ焼却施設を二〇一六(平成二十八)年稼働の目標で計画を進めています。

しかし、人口減とごみ減量の市民的努力で、現在のごみ焼却量は平均日量百トンを切り、広域ごみ焼却施設計画は過大なものとなっています。

強制買収の準備も

また、北但行政事務組合が一方的に「最適地」として選定した建設予定地は、「環境と暮らしを守りたい」とする地元住民の抵抗を受け、用地買収が行き詰まっています。

このため北但行政事務組合は、今年十月以降に土地収用委員会への裁決申請を準備しています。

住民は学習会など重ね直接請求に踏み切る

この切迫した情勢の中で、ことし五月、「北但ごみ問題の会」が結成され、元日本共産党衆院議員の岩佐恵美さんを講師に招き、豊岡、香住、浜坂で学習講演会を開催、機関紙『共同しんぶん』を現在三号まで発行して世論に訴え、十二人の請求代表者を選び、事務監査直接請求に踏み切りました。


(2011年8月21日付「兵庫民報」掲載)

原水爆禁止世界大会参加の青年たち

実感、世界動かす平和運動

今年の原水爆禁止世界大会には国連からセルジオ・ドゥアルテ軍縮問題担当上級代表が事務総長代理として参加し、日本の核廃絶署名行動を大いに励ます発言をするなど、核兵器の廃絶を求める日本の反核平和運動が世界を動かしているということが実感できる大会でした。この大会に兵庫県から参加した青年が大きく成長して帰ってきています。

初めて参加した神戸大学生K君は初めて被爆者の方の生の話を聞いて「お話を聞いた被爆者の方は、わずか六歳という年齢で被爆し、両親を亡くし、妹を連れて子どもだけで避難したという方で、話を聞いていて、とても胸が痛くなった。そして、アメリカが原爆を落としたのも、人が一番多い時間を狙ったと聞いた。人間を原爆のモルモットにするようなやり方にとても憤りを感じました」と話します。

また、「こういう運動は年をとった人のイメージがあったけど、こんなにも若い人たちが参加して実際に行動してるなんてすごい」と話すのは、やはり初参加の専門学校学生Hさん。「開会総会や閉会総会での発言を聞いていて自分は全く知識がないから、何をしゃべっているのかよく分からなかった。兵庫に戻ってから学習していきたい」と熱意を語っています。
** そんな青年たちに、帰りのフェリーで「世界は核廃絶、脱原発に向けて動いている。その中で日本はいまだにその態度を国際社会の中で示せないでいる。この背後にはずっと続いた大企業とアメリカいいなりの政治がある。日本を変えるにはこの二つの異常を正すためのたたかいがいる。客観的にはたたかいは起こっているし、変えられそうなところまできている。そのたたかいを後押しする日本共産党を強くしなければ。あなたに共産党に入ってほしい」と党員の参加者が訴えました。
これにこたえ、「福島原発の問題はどこか遠い問題だと思ってたけど、実際に愛媛大学の学生たちが脱原発のとりくみをしている発言を聞いて、同じ学生ができることを自分たちで考えて行動しているのがすごい。自分も何ができるか考えたい」と入党を決意する青年もありました。

(2011年8月21日付「兵庫民報」掲載)

日本海岸(但馬・丹後)の原発計画くいとめた40年前の運動に学ぼう

日本共産党但馬地区常任委員中家貞雄さんに聞く(下)

素晴らしい地元住民の立ち上がり

私たちの苦労は無駄ではありませんでした。

浜坂火力発電所計画を知った住民有志の創意は見事でした。発電所誘致を表明した町長、自民党や民社党系良友会(佐々木良作衆院議員の後援会)の地域役員が有力な土地柄ですが、いわば町の知識人たちが熱心に発言を始めました。

僧侶の釈大道さん(故人)、医師会長、半臥堂を名乗る町の古老田辺意之助さん(故人)、県立豊岡高校教員の高田三良さん(故人)たちは「みんなの民主主義の会=みんみん会」を結成し、四日市へ見学に行き、独自のビラを新聞に折り込むなど勇敢な行動をしました。

香住町下浜では、二十世紀梨づくりのリーダー吉川邦夫さんや福田惣一さんなどがよびかけ、京大の先生や県原水協の福島市郎さんを講師に住民学習会を繰り返し、地域住民の圧倒的な反対運動の結束を固めました。浜上ますさんたち女性も運動の軸となりました。

町当局の誘致の動きにひるまず、下浜住民は豊岡に出かけ、豊岡駅から関電支店(今の豊岡郵便局の場所)まで原発反対のデモ行進も行い、香住町では原子力・火力発電所反対の但馬地区総決起集会が開かれ、但馬地労協の労組も参加しました。

香住町佐津無南垣(むながい)地区には日本共産党の森田春三郎町議が住み、火力発電所問題の調査・学習活動をコツコツ広げ、隣りの訓谷地域の社会党系町議とも反対運動で協力しました。

私はこれら町の有志の方々を一人ひとり訪問し、但馬地区委員会の政策を説明しました。この活動を通じて「政策の持つ力」の強さを知り、事実を知った人々の創意ある活動に敬服しました。

いまエネルギー政策の転換が必要だ

久美浜原発反対運動は、丹後地方の住民と日本共産党組織が中心に担いましたが、隣町である城崎町や豊岡市は文字どおり「原発の地元」の位置にあります。

この立場から但馬地区委員会は、「但馬民報」の全戸配布や学習会、丹後地方の運動との共同行動を続けてきました。

この四十年間に原子力発電所を京都府と兵庫県の日本海岸には許さなかったことは、強力な住民運動と日本共産党の努力の結果です。

その後も大電力資本と政府は、「安全な原発」宣伝と補助金政策で国民を信用させ、増設を続けましたが、福島第一原発の炉心溶融事故は国民の世論を一変させました。

日本共産党の志位和夫委員長は、福島第一原発の炉…

新人議員紹介:長尾明憲 三田市議

「ずっと住み続けたい」三田に

私は今三十三歳です。小学校の時に三田に引っ越してきて以来、二十三年間がたちました。それまであまり政治に対して関心を持っていなかった私ですが、結婚して子供が産まれる中で、自分たちが政治と無関係ではいられないということに気づき、ずっと住み続けていく街ならば少しでも住み良い街にしたいとの思いで立候補を決意しました。

活動を始めてからは大変なこともありました。しかし市民の方がたと接する中で「これからは若い人にがんばってもらわないとあかん」との声に勇気をいただき、なんとかその期待の声におこたえしたいとの思いで、皆様のご協力のもと、選挙戦を乗り越え初当選させていただきました。

三田の街は今ちょうど私たちの年代である三十歳前後の人口が極端に少なくなっています。どうにかして若い世代の人も三田に住み続けたいと思ってもらえるよう、他市でも行っている新婚・子育て世代への支援を行い、子育てしやすい街をアピールしていくことが大切だと感じています。

また、母が障害を持っており、市の対応などについて話を聞きますが、三田は福祉が十分ではありません。年老いても安心して暮らせる街にしていかなければいけません。

日本共産党三田市議団として中田はつ美議員、長谷川美樹議員とともに、子どもが大きくなった時に「住んで良かった」と言ってもらえる街、ずっと住み続けたいと思える三田を目指してがんばってまいります。今後ともよろしくお願いいたします。

(2011年8月21日付「兵庫民報」掲載)

だんのたいち著『神戸空襲と戦後ノスタルジィ』

5才児の証言

毎年夏がくると、平和行進そして戦争展など平和を求める気運が高まります。そんな中、ことし市会議員を勇退した段ちゃんが、神戸空襲をテーマに彼の幼児体験を綴った本を出した。

同じ年代でしかも神戸生まれの神戸育ちの私には非常になつかしく自分の生い立ちを振り返るかのように強い感動を覚えた。

まず驚かされたのは、彼の記憶力のすばらしさです。三月十九日の神戸空襲のすごさ、そして家族と必死になって逃げるさまが克明に書かれている。戦火の中、五人家族の柱となって子どもたちを守った母のもとで必死で生き抜いた太一少年はたくましく男らしく育っていく。

身近な人の死、そして疎開先のこと、復員してきた父との生活など、その時々を記録していたかのようで驚かされる。後に市会議員となり、時おり会って生活相談や市会の状況などを聞くことがあったが、その記憶力と細部にわたる状況の把握は、幼い頃に培われていたに違いない。

戦争を経験した人たちがあじわった悲惨さやくやしさと同時に、強く生きぬいたすがすがしさを感じる一冊です。

(下田和男=兵庫革新懇世話人)
私家版/A5判百五十六頁/頒価千円/党県委員会書籍部でも扱っています。

(2011年8月21日付「兵庫民報」掲載)

寄稿:「君が代」強制は許せない

千葉直義(元小学校教諭)
前号(8月14日付)の松谷孟さんの寄稿に触発され、私も「君が代」について調べてみました。

松谷さんは、NHK『まいにちドイツ語』から、エッカートが作曲したと述べられています。しかし、インターネットの『ウィキペディア』では、作曲者欄に林広守、奥好義、エッカートの三人を併記していますが、本文では、一八八〇年、宮内省式部職雅楽課の奥がつけた旋律を上司の林が曲に起こしたとしています。エッカートがしたことはこの曲をバンド演奏ができるように編曲したことだと思われます。

エッカートの編曲を見ると、中間部は西洋音楽の和声がついていますが、始めと終わりの部分は斉奏(ユニゾン)になっています。「レドレミ」で始まり、「ラーソミレー」で終わります。このように「レ」で始まり「レ」で終わるのは、西洋音楽にはまれなことです。そこでユニゾンにしたのでしょう。雅楽の和声と西洋の和声との間で工夫したことは松谷さんが述べられているとおりです。

ところで、天皇を迎える軍隊の曲として誕生した「君が代」を「国歌」として広めたのは、戦争へと突き進む絶対的天皇制の教育の力なのではないでしょうか。事実、一九九九年に制定された「国旗・国歌法」まで、戦前でも「国歌」を定める法律はなかったようです。

しかし、国旗・国歌の強制は今、また厳しくなりました。東京・大阪だけでなく全国で似たようなことが起こっています。これは、憲法にもとづく教育と学校への、野蛮な攻撃です。

元の教育基本法のめざした「民主的人格の完成」を実現する教育を守るために、教職員や保護者、市民が連帯して、「君が代・日の丸」強制反対の運動を前進させることを強く願っています。

(2011年8月21日付「兵庫民報」掲載)

芦屋こばと保育園:昼食のお米すべて自園栽培

子どもらが元気に「いただきます!」

「いただきま~す!」、芦屋こばと保育園=芦屋市若宮町=の昼食どき。元気な声が響き、笑顔があふれます。どの子も美味しそうに食べています。この保育園では、お米はすべて自ら栽培。籾(もみ)まきから収穫まで手間を惜しまず、子どもたちのために飛び切りのコシヒカリを作っています。

阪神打出駅から西へ100㍍余り、こばと保育園は69年、無認可保育園として発足。76年に社会福祉法人の認可を受けました。ゼロ歳から2歳まで約30人の幼児を保育しています。

米は丹波市山南町小野尻の田んぼ約5反で栽培。事務長の細川哲也さん(69)が「子どもの発達にとって食育は大切」と土作り、苗作りからこだわり、できる限り農薬を使わず、育てています。

汚染米が問題になったとき、市からの問い合わせに「自園の農園で作っているので大丈夫」と胸をはって答えました。





種籾まきから収穫まで

毎年4月初め、保育園の屋上で苗床90箱に種籾をまきます。スズメから守るためビニールシートを掛けますが、蒸れやカビに万全の注意を払います。

5月連休に田植え。トラックに苗を積み、山南町へ、片道1時間半。息子も作業を手伝います。田んぼ6枚に機械と手で植えます。9月の収穫まで毎週末稲の世話に通います。

「生きもの相手はさぼりがきかない。放っておくと草原になる」と笑う細川さん。雑草刈りはもちろん、猛暑の夏は、水の管理に神経をつかう日がつづきます。田の水温が上がりすぎないよう、ポンプとタイマーを使い川の水を引き入れていますが、大水が出て田が水没した年もありました。イノシシが踏み荒らす被害もあります。

細川さんは、高血圧で体調を崩し勇退するまで、共産党芦屋市議を6期務めました。これなら健康にいいと思いついたのが農業でした。10年ほど前から、山南町の休耕田で、近所の農家の人たちに手取り足取り教えてもらいながら始めました。いまでは園で食べるお米は100%自作です。兵庫県農民連の産直米にも出荷しています。

畑で野菜も作っています。収穫したばかりの白菜や大根、トマトなどを保育園の1、2歳児たちが、大喜びで丸かじりします。園長の中山祥子さんは「大きな大根をカリカリ音を立て、ダイナミックに食べる子どもたちにビックリします」と話しました。

「健康に育ってくれるか、成長を見守る楽しさは、農業も保育も同じ。経済効率で計るもので…

福井原発停止求め兵庫労連が署名宣伝

兵庫労連(津川知久議長)は東日本大震災から5カ月の8月11日夕刻、福井県にあるすべての原子力発電所の停止・廃炉を、関西電力(八木誠社長)に求め神戸大丸前で宣伝行動をおこないました。

全労連近畿ブロックが統一行動として実施し、傘下各労組から37人が参加しました。

「大飯・美浜など若狭湾沿岸の原発は、ほとんどが30年以上で老朽化。事故が起こった場合、20キロメートル圏内には琵琶湖が、80キロメートル圏内には宝塚が入る。原発に頼らないエネルギー政策に変えよう」、北川伸一事務局長や北島隆事務局次長が、マイクで仕事帰りの市民らに署名を訴えました。

呼びかけに足を止め署名するのは圧倒的に女性です。「福島原発事故の被害は深刻。近畿でも起こりうる問題で心配」と言う人もいました。

9月9日に関電本社包囲行動

全労連近畿ブロックは9月9日、関西電力本社包囲近畿総行動を計画。大阪中之島公園で13時30分から決起集会をひらき、関電本社までデモ行進します。

(2011年8月21日付「兵庫民報」掲載)

永井喜代子さん「心のかけはし」出版記念コンサート

絵手紙が大きな力に


重度の傷害をもつ青年に励ましの絵手紙を送りつづけて10年、約500枚の絵手紙をことし2月「心のかけはし」の題で本にまとめた永井喜代子さん(80)=伊丹市平松=。友人たちの企画した出版記念「絵手紙コンサート」が8月14日、西宮プレラホールでひらかれました。約300人が会場を埋めました。

永井さんとの対面を楽しみにしていた三牧英範さん(37)=福岡県小郡市=は体調を悪くし、不参加でした。

芦屋朗読の会の3人が、10年にわたる2人の交流を構成劇とスライドで紹介しました。西宮や芦屋、大阪の5つの合唱団が出演し、磨きぬいた歌声を響かせました。

合唱団TERRAの村嶋由紀子さん作詩、檀美知生さん作曲「絵手紙」、英範さんの詩に檀さんが曲をつけた「風の花の色」を客席も一緒に歌いました。

参加者のメッセージを東日本被災地へ

東日本大震災復興支援の募金とメッセージが呼びかけられ、集まったハート型カードを大きな絵手紙に仕上げた永井さんは「1枚の絵手紙が大きな力になると改めて知りました。みなさんのメッセージを被災された岩手県陸前高田市へ届けます」と挨拶しました。

参加者のメッセージカードを貼った大きな絵手紙ができあがりました。「東日本の被災地へ送ります」と挨拶する永井喜代子さん(写真左の右から3人目)





(2011年8月21日付「兵庫民報」掲載)

ひなたぽっころりん(474)

(2011年8月21日付「兵庫民報」掲載)

観感楽学

原水爆禁止世界大会には二十四カ国八十八人の海外代表が参加した。国連事務総長代理、エジプトなど政府代表、NGO代表が、核兵器禁止条約の協議開始を強く要求した▼世界大会が終わって、毎年、海外代表が神戸市を訪問する。非核「神戸方式」に共感し、その街を訪れたいと希望してだ。今年はノルウェー、タヒチ、フィリピンから四人の海外代表が訪問した。これまでアメリカ、ドイツ、オーストラリア、グアム、インドなど世界の代表が、「世界が支持している」「しっかりと守って」と熱心に神戸市に要請してくれた。フランスから三十二人もの代表が訪れたこともある▼非核「神戸方式」が米軍艦の寄港もできなくしていることに驚き、非核の世論の成果を具体的に見える形で示していることに共感するからだ。閉会総会の会場でアラブ連盟特別顧問のアブデル・モデイムさんが会見を申し出てきた。「スエズ運河に非核『神戸方式』を適用できないか」と情報の提供を求めて。十月には青年ツアー実行委員会の垣本聖さんが核兵器署名を国連に提出する国連要請代表団に参加する。非核「神戸方式」をさらに世界に広げる役割が期待される。(K)

(2011年8月21日付「兵庫民報」掲載)