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2011年8月21日日曜日

北但広域ごみ焼却施設計画:事務監査請求署名スタート

  • 「北但馬三カ所の焼却施設を廃止して一カ所に大型施設をつくる計画の見直しを」
  • 「全国初のごみ焼却施設用地の強制買収はやめよ」

―二つのスローガンを掲げる事務監査請求署名運動の「スタート集会」が八月十一日、豊岡市民会館で開かれました。

この集会は、豊岡市、香美町、新温泉町の住民でつくる「北但ごみ問題の会」(事務局=但馬民商気付)が主催、九月十日までの一カ月間に一市二町それぞれの有権者の五十分の一以上の署名を集める目標を申し合わせました。

100トン切る現量に174トンの計画

豊岡市、香美町、新温泉町で構成する北但行政事務組合(管理者=中貝宗治豊岡市長)は、豊岡市竹野町森本坊岡地区の山林約三十七ヘクタールを買収して、日量百七十四トンの広域ごみ焼却施設を二〇一六(平成二十八)年稼働の目標で計画を進めています。

しかし、人口減とごみ減量の市民的努力で、現在のごみ焼却量は平均日量百トンを切り、広域ごみ焼却施設計画は過大なものとなっています。

強制買収の準備も

また、北但行政事務組合が一方的に「最適地」として選定した建設予定地は、「環境と暮らしを守りたい」とする地元住民の抵抗を受け、用地買収が行き詰まっています。

このため北但行政事務組合は、今年十月以降に土地収用委員会への裁決申請を準備しています。

住民は学習会など重ね直接請求に踏み切る

この切迫した情勢の中で、ことし五月、「北但ごみ問題の会」が結成され、元日本共産党衆院議員の岩佐恵美さんを講師に招き、豊岡、香住、浜坂で学習講演会を開催、機関紙『共同しんぶん』を現在三号まで発行して世論に訴え、十二人の請求代表者を選び、事務監査直接請求に踏み切りました。


(2011年8月21日付「兵庫民報」掲載)

原水爆禁止世界大会参加の青年たち

実感、世界動かす平和運動

世界大会のステージに立つ兵庫青年ツアー参加者と、
代表して発言する垣本聖氏(中央)
今年の原水爆禁止世界大会には国連からセルジオ・ドゥアルテ軍縮問題担当上級代表が事務総長代理として参加し、日本の核廃絶署名行動を大いに励ます発言をするなど、核兵器の廃絶を求める日本の反核平和運動が世界を動かしているということが実感できる大会でした。この大会に兵庫県から参加した青年が大きく成長して帰ってきています。

初めて参加した神戸大学生K君は初めて被爆者の方の生の話を聞いて「お話を聞いた被爆者の方は、わずか六歳という年齢で被爆し、両親を亡くし、妹を連れて子どもだけで避難したという方で、話を聞いていて、とても胸が痛くなった。そして、アメリカが原爆を落としたのも、人が一番多い時間を狙ったと聞いた。人間を原爆のモルモットにするようなやり方にとても憤りを感じました」と話します。

また、「こういう運動は年をとった人のイメージがあったけど、こんなにも若い人たちが参加して実際に行動してるなんてすごい」と話すのは、やはり初参加の専門学校学生Hさん。「開会総会や閉会総会での発言を聞いていて自分は全く知識がないから、何をしゃべっているのかよく分からなかった。兵庫に戻ってから学習していきたい」と熱意を語っています。
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そんな青年たちに、帰りのフェリーで「世界は核廃絶、脱原発に向けて動いている。その中で日本はいまだにその態度を国際社会の中で示せないでいる。この背後にはずっと続いた大企業とアメリカいいなりの政治がある。日本を変えるにはこの二つの異常を正すためのたたかいがいる。客観的にはたたかいは起こっているし、変えられそうなところまできている。そのたたかいを後押しする日本共産党を強くしなければ。あなたに共産党に入ってほしい」と党員の参加者が訴えました。

これにこたえ、「福島原発の問題はどこか遠い問題だと思ってたけど、実際に愛媛大学の学生たちが脱原発のとりくみをしている発言を聞いて、同じ学生ができることを自分たちで考えて行動しているのがすごい。自分も何ができるか考えたい」と入党を決意する青年もありました。

(2011年8月21日付「兵庫民報」掲載)

日本海岸(但馬・丹後)の原発計画くいとめた40年前の運動に学ぼう

日本共産党但馬地区常任委員中家貞雄さんに聞く(下)

素晴らしい地元住民の立ち上がり

私たちの苦労は無駄ではありませんでした。

浜坂火力発電所計画を知った住民有志の創意は見事でした。発電所誘致を表明した町長、自民党や民社党系良友会(佐々木良作衆院議員の後援会)の地域役員が有力な土地柄ですが、いわば町の知識人たちが熱心に発言を始めました。

僧侶の釈大道さん(故人)、医師会長、半臥堂を名乗る町の古老田辺意之助さん(故人)、県立豊岡高校教員の高田三良さん(故人)たちは「みんなの民主主義の会=みんみん会」を結成し、四日市へ見学に行き、独自のビラを新聞に折り込むなど勇敢な行動をしました。

香住町下浜では、二十世紀梨づくりのリーダー吉川邦夫さんや福田惣一さんなどがよびかけ、京大の先生や県原水協の福島市郎さんを講師に住民学習会を繰り返し、地域住民の圧倒的な反対運動の結束を固めました。浜上ますさんたち女性も運動の軸となりました。

町当局の誘致の動きにひるまず、下浜住民は豊岡に出かけ、豊岡駅から関電支店(今の豊岡郵便局の場所)まで原発反対のデモ行進も行い、香住町では原子力・火力発電所反対の但馬地区総決起集会が開かれ、但馬地労協の労組も参加しました。

香住町佐津無南垣(むながい)地区には日本共産党の森田春三郎町議が住み、火力発電所問題の調査・学習活動をコツコツ広げ、隣りの訓谷地域の社会党系町議とも反対運動で協力しました。

私はこれら町の有志の方々を一人ひとり訪問し、但馬地区委員会の政策を説明しました。この活動を通じて「政策の持つ力」の強さを知り、事実を知った人々の創意ある活動に敬服しました。

いまエネルギー政策の転換が必要だ

久美浜原発反対運動は、丹後地方の住民と日本共産党組織が中心に担いましたが、隣町である城崎町や豊岡市は文字どおり「原発の地元」の位置にあります。

この立場から但馬地区委員会は、「但馬民報」の全戸配布や学習会、丹後地方の運動との共同行動を続けてきました。

この四十年間に原子力発電所を京都府と兵庫県の日本海岸には許さなかったことは、強力な住民運動と日本共産党の努力の結果です。

その後も大電力資本と政府は、「安全な原発」宣伝と補助金政策で国民を信用させ、増設を続けましたが、福島第一原発の炉心溶融事故は国民の世論を一変させました。

日本共産党の志位和夫委員長は、福島第一原発の炉心溶融事故の収束に全力をあげる具体的提案を政府に申し入れました。特に周辺住民と原発関係労働者・従事者の安全対策、被害住民と農漁民等の損害賠償、稼働している原発の総点検と新設の中止を要求しています。

何よりも「原発の安全神話」を一掃することが大事です。

いま、良心的な人々の間で「原発は怖いが原発に代わるエネルギーはどうするのか」という意見が出されています。

日本共産党は水力、風力、潮力、太陽光発電など自然エネルギーの活用を大規模に進めるとともに、大量生産・大量消費・大量廃棄の「浪費型経済社会から低エネルギー社会への転換」を提案しています。

たとえば、昼間も夜間も電気を使う二十四時間営業、オール電化住宅、民間・軍用を問わず大量の石油燃料を使う航空機の乱用、二十四時間燃焼の大量ごみ焼却施設―など国民生活全般の見直しをすることも大事ではないでしょうか。

一九六〇年代は主な発電エネルギーを水力と石炭火力から、重油火力と原子力に転換した時代であり、このために三十万人の炭鉱労働者の首切りが起き、三井三池炭鉱争議に代表される大闘争と犠牲が払われました。

東日本大震災と福島第一発電所事故の教訓を直ちに生かす政治社会への転換がどうしても必要だと思います。(おわり)

「但馬民報」特別号・4月20日付から転載

(2011年8月21日付「兵庫民報」掲載)

新人議員紹介:長尾明憲 三田市議

「ずっと住み続けたい」三田に

ウッディタウンにて
私は今三十三歳です。小学校の時に三田に引っ越してきて以来、二十三年間がたちました。それまであまり政治に対して関心を持っていなかった私ですが、結婚して子供が産まれる中で、自分たちが政治と無関係ではいられないということに気づき、ずっと住み続けていく街ならば少しでも住み良い街にしたいとの思いで立候補を決意しました。

活動を始めてからは大変なこともありました。しかし市民の方がたと接する中で「これからは若い人にがんばってもらわないとあかん」との声に勇気をいただき、なんとかその期待の声におこたえしたいとの思いで、皆様のご協力のもと、選挙戦を乗り越え初当選させていただきました。

三田の街は今ちょうど私たちの年代である三十歳前後の人口が極端に少なくなっています。どうにかして若い世代の人も三田に住み続けたいと思ってもらえるよう、他市でも行っている新婚・子育て世代への支援を行い、子育てしやすい街をアピールしていくことが大切だと感じています。

また、母が障害を持っており、市の対応などについて話を聞きますが、三田は福祉が十分ではありません。年老いても安心して暮らせる街にしていかなければいけません。

日本共産党三田市議団として中田はつ美議員、長谷川美樹議員とともに、子どもが大きくなった時に「住んで良かった」と言ってもらえる街、ずっと住み続けたいと思える三田を目指してがんばってまいります。今後ともよろしくお願いいたします。

(2011年8月21日付「兵庫民報」掲載)

だんのたいち著『神戸空襲と戦後ノスタルジィ』

5才児の証言

毎年夏がくると、平和行進そして戦争展など平和を求める気運が高まります。そんな中、ことし市会議員を勇退した段ちゃんが、神戸空襲をテーマに彼の幼児体験を綴った本を出した。

同じ年代でしかも神戸生まれの神戸育ちの私には非常になつかしく自分の生い立ちを振り返るかのように強い感動を覚えた。

まず驚かされたのは、彼の記憶力のすばらしさです。三月十九日の神戸空襲のすごさ、そして家族と必死になって逃げるさまが克明に書かれている。戦火の中、五人家族の柱となって子どもたちを守った母のもとで必死で生き抜いた太一少年はたくましく男らしく育っていく。

身近な人の死、そして疎開先のこと、復員してきた父との生活など、その時々を記録していたかのようで驚かされる。後に市会議員となり、時おり会って生活相談や市会の状況などを聞くことがあったが、その記憶力と細部にわたる状況の把握は、幼い頃に培われていたに違いない。

戦争を経験した人たちがあじわった悲惨さやくやしさと同時に、強く生きぬいたすがすがしさを感じる一冊です。

(下田和男=兵庫革新懇世話人)
私家版/A5判百五十六頁/頒価千円/党県委員会書籍部でも扱っています。

(2011年8月21日付「兵庫民報」掲載)

寄稿:「君が代」強制は許せない

千葉直義(元小学校教諭)

前号(8月14日付)の松谷孟さんの寄稿に触発され、私も「君が代」について調べてみました。

松谷さんは、NHK『まいにちドイツ語』から、エッカートが作曲したと述べられています。しかし、インターネットの『ウィキペディア』では、作曲者欄に林広守、奥好義、エッカートの三人を併記していますが、本文では、一八八〇年、宮内省式部職雅楽課の奥がつけた旋律を上司の林が曲に起こしたとしています。エッカートがしたことはこの曲をバンド演奏ができるように編曲したことだと思われます。

エッカートの編曲を見ると、中間部は西洋音楽の和声がついていますが、始めと終わりの部分は斉奏(ユニゾン)になっています。「レドレミ」で始まり、「ラーソミレー」で終わります。このように「レ」で始まり「レ」で終わるのは、西洋音楽にはまれなことです。そこでユニゾンにしたのでしょう。雅楽の和声と西洋の和声との間で工夫したことは松谷さんが述べられているとおりです。

ところで、天皇を迎える軍隊の曲として誕生した「君が代」を「国歌」として広めたのは、戦争へと突き進む絶対的天皇制の教育の力なのではないでしょうか。事実、一九九九年に制定された「国旗・国歌法」まで、戦前でも「国歌」を定める法律はなかったようです。

しかし、国旗・国歌の強制は今、また厳しくなりました。東京・大阪だけでなく全国で似たようなことが起こっています。これは、憲法にもとづく教育と学校への、野蛮な攻撃です。

元の教育基本法のめざした「民主的人格の完成」を実現する教育を守るために、教職員や保護者、市民が連帯して、「君が代・日の丸」強制反対の運動を前進させることを強く願っています。

(2011年8月21日付「兵庫民報」掲載)

芦屋こばと保育園:昼食のお米すべて自園栽培

子どもらが元気に「いただきます!」

たくさん遊んだ子どもたちは食欲旺盛
園自慢のごはんが大好きで、
おかずより先に食べていました
「いただきま~す!」、芦屋こばと保育園=芦屋市若宮町=の昼食どき。元気な声が響き、笑顔があふれます。どの子も美味しそうに食べています。この保育園では、お米はすべて自ら栽培。籾(もみ)まきから収穫まで手間を惜しまず、子どもたちのために飛び切りのコシヒカリを作っています。

阪神打出駅から西へ100㍍余り、こばと保育園は69年、無認可保育園として発足。76年に社会福祉法人の認可を受けました。ゼロ歳から2歳まで約30人の幼児を保育しています。

8月中旬、ことしも実りました。あと1カ月で刈り取りです
米は丹波市山南町小野尻の田んぼ約5反で栽培。事務長の細川哲也さん(69)が「子どもの発達にとって食育は大切」と土作り、苗作りからこだわり、できる限り農薬を使わず、育てています。

汚染米が問題になったとき、市からの問い合わせに「自園の農園で作っているので大丈夫」と胸をはって答えました。





種籾まきから収穫まで

保育園の屋上で苗床をつくる
毎年4月初め、保育園の屋上で苗床90箱に種籾をまきます。スズメから守るためビニールシートを掛けますが、蒸れやカビに万全の注意を払います。

5月連休に田植え。トラックに苗を積み、山南町へ、片道1時間半。息子も作業を手伝います。田んぼ6枚に機械と手で植えます。9月の収穫まで毎週末稲の世話に通います。

丹波市山南町の田んぼ田植え
「生きもの相手はさぼりがきかない。放っておくと草原になる」と笑う細川さん。雑草刈りはもちろん、猛暑の夏は、水の管理に神経をつかう日がつづきます。田の水温が上がりすぎないよう、ポンプとタイマーを使い川の水を引き入れていますが、大水が出て田が水没した年もありました。イノシシが踏み荒らす被害もあります。

細川さんは、高血圧で体調を崩し勇退するまで、共産党芦屋市議を6期務めました。これなら健康にいいと思いついたのが農業でした。10年ほど前から、山南町の休耕田で、近所の農家の人たちに手取り足取り教えてもらいながら始めました。いまでは園で食べるお米は100%自作です。兵庫県農民連の産直米にも出荷しています。

畑で野菜も作っています。収穫したばかりの白菜や大根、トマトなどを保育園の1、2歳児たちが、大喜びで丸かじりします。園長の中山祥子さんは「大きな大根をカリカリ音を立て、ダイナミックに食べる子どもたちにビックリします」と話しました。

「健康に育ってくれるか、成長を見守る楽しさは、農業も保育も同じ。経済効率で計るものではない」と細川さんは語っています。


(2011年8月21日付「兵庫民報」掲載)

福井原発停止求め兵庫労連が署名宣伝

兵庫労連(津川知久議長)は東日本大震災から5カ月の8月11日夕刻、福井県にあるすべての原子力発電所の停止・廃炉を、関西電力(八木誠社長)に求め神戸大丸前で宣伝行動をおこないました。

全労連近畿ブロックが統一行動として実施し、傘下各労組から37人が参加しました。

「大飯・美浜など若狭湾沿岸の原発は、ほとんどが30年以上で老朽化。事故が起こった場合、20キロメートル圏内には琵琶湖が、80キロメートル圏内には宝塚が入る。原発に頼らないエネルギー政策に変えよう」、北川伸一事務局長や北島隆事務局次長が、マイクで仕事帰りの市民らに署名を訴えました。

呼びかけに足を止め署名するのは圧倒的に女性です。「福島原発事故の被害は深刻。近畿でも起こりうる問題で心配」と言う人もいました。

9月9日に関電本社包囲行動

全労連近畿ブロックは9月9日、関西電力本社包囲近畿総行動を計画。大阪中之島公園で13時30分から決起集会をひらき、関電本社までデモ行進します。

(2011年8月21日付「兵庫民報」掲載)

永井喜代子さん「心のかけはし」出版記念コンサート

絵手紙が大きな力に

絵手紙交換10年の歩みを紹介する芦屋朗読の会

重度の傷害をもつ青年に励ましの絵手紙を送りつづけて10年、約500枚の絵手紙をことし2月「心のかけはし」の題で本にまとめた永井喜代子さん(80)=伊丹市平松=。友人たちの企画した出版記念「絵手紙コンサート」が8月14日、西宮プレラホールでひらかれました。約300人が会場を埋めました。

永井さんとの対面を楽しみにしていた三牧英範さん(37)=福岡県小郡市=は体調を悪くし、不参加でした。

芦屋朗読の会の3人が、10年にわたる2人の交流を構成劇とスライドで紹介しました。西宮や芦屋、大阪の5つの合唱団が出演し、磨きぬいた歌声を響かせました。

合唱団TERRAの村嶋由紀子さん作詩、檀美知生さん作曲「絵手紙」、英範さんの詩に檀さんが曲をつけた「風の花の色」を客席も一緒に歌いました。

参加者のメッセージを東日本被災地へ

東日本大震災復興支援の募金とメッセージが呼びかけられ、集まったハート型カードを大きな絵手紙に仕上げた永井さんは「1枚の絵手紙が大きな力になると改めて知りました。みなさんのメッセージを被災された岩手県陸前高田市へ届けます」と挨拶しました。

参加者のメッセージカードを貼った大きな絵手紙ができあがりました。「東日本の被災地へ送ります」と挨拶する永井喜代子さん(写真左の右から3人目)





(2011年8月21日付「兵庫民報」掲載)

ひなたぽっころりん(474)



(2011年8月21日付「兵庫民報」掲載)

観感楽学

原水爆禁止世界大会には二十四カ国八十八人の海外代表が参加した。国連事務総長代理、エジプトなど政府代表、NGO代表が、核兵器禁止条約の協議開始を強く要求した▼世界大会が終わって、毎年、海外代表が神戸市を訪問する。非核「神戸方式」に共感し、その街を訪れたいと希望してだ。今年はノルウェー、タヒチ、フィリピンから四人の海外代表が訪問した。これまでアメリカ、ドイツ、オーストラリア、グアム、インドなど世界の代表が、「世界が支持している」「しっかりと守って」と熱心に神戸市に要請してくれた。フランスから三十二人もの代表が訪れたこともある▼非核「神戸方式」が米軍艦の寄港もできなくしていることに驚き、非核の世論の成果を具体的に見える形で示していることに共感するからだ。閉会総会の会場でアラブ連盟特別顧問のアブデル・モデイムさんが会見を申し出てきた。「スエズ運河に非核『神戸方式』を適用できないか」と情報の提供を求めて。十月には青年ツアー実行委員会の垣本聖さんが核兵器署名を国連に提出する国連要請代表団に参加する。非核「神戸方式」をさらに世界に広げる役割が期待される。(K)

(2011年8月21日付「兵庫民報」掲載)

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