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2011年2月13日日曜日

検証:県政と県議会:国民健康保険

払えないほど高い国保料(税)

「少ない年金で国民健康保険料がなんと高いことか」。日本共産党議員団が各地でおこなっているアンケートに切実な声が寄せられています。明石市では、「国・県・市でとりくんでほしいこと」の第一位は「国保料引き下げ」(46・1%)でした。

それもそのはずで、国保に加入する県民の所得は下がり続けているのに保険料(税)は逆に上がり続けています(グラフ1)。その結果、県下では、滞納世帯数が十七万九千八百十世帯と国保加入世帯の二割以上に。「収納率向上」の名で多くの世帯が正規の保険証を取り上げられています(表1)。


表1 保険証の取り上げ(2010年3月末現在)
国保加入世帯数 846,020世帯
滞納世帯数 179,810世帯
資格証明書交付数(全額窓口負担) 8,305世帯
短期保険証交付数 53,450世帯
保険証未交付数(保険証を市町窓口に留め置き) 21,319世帯


こうしたもとで医療を受けられない県民が増え、「国保料が払えなかった四十八歳の女性が乳がんで倒れ、市との相談で保険証発行が可能と回答を得た時はすでに手遅れ」(〇八年兵庫民医連調査事例より)など県民の命が奪われています。

国庫負担削減のもと問われる自治体の姿勢

国保料(税)高騰のもっとも大きい原因は、国が社会保障としての国保を守らず、国庫負担を削減してきたことです(グラフ2)。

そのもとでも住民の命と医療を受ける権利を守る立場に立つのかどうか、自治体の役割が問われています。

国言いなりの国保行政のもとでは、多くの滞納者が保険証を取り上げられ、強権的な保険料(税)の取り立てにあっている例が後をたちません。

一方、住民の運動と日本共産党の議会論戦で、市町に保険料(税)を引き下げさせたり、資格証明書の発行をさせないなど改善をかちとった経験も少なくありません。

国保と兵庫県政

では、県政と国保のかかわりはどうでしょうか。国保の事業主体は市町ですが、国保法第四条で都道府県は「国民健康保険事業の運営が健全に行われるように、必要な指導をしなければならない」と定められ、費用負担も行うことになっています。

なにより、県も県民の「福祉の増進」を仕事とする自治体であり、その立場で市町国保を応援することが求められますが、現県政はそうなっていません。

市町への補助を削減

ひとつは市町国保への補助金の問題です。よく県は「四百億円の予算措置をしている」などといいますが、その大部分は法律で決められた費用負担をしているにすぎません。

県独自の補助金としては、「国民健康保険事業費補助」がありますが、八年前に比べ、約半分に減らされています(グラフ3)。

この補助金は、子どもや老人などへの独自の医療費助成を実施した自治体に国が与えているペナルティ(国の交付金の減額措置)の半分を補うものという考え方で出されています。ですから、「行革」で福祉医療を削れば、ペナルティも減るからと、老人医療費助成などの削減にともなって国保への補助金も減らしてしまっているのです。二重に冷たいやり方です。

県下の三十五市町が、一般会計から国保会計へ法定外の繰り入れをおこない、その合計が七十九億円にのぼる(〇八年度)中、この県の独自補助金はたった七億円。加入者一人当たり約四百五十円にすぎません。

収納率によって市町への交付金を差別

ふたつは、都道府県調整交付金の問題です。〇五年に市町国保への国の交付金の一部が一般財源化され、都道府県が配分するようになりました。このときに、県は国と同じやり方で、保険料(税)収納率の低い市町の交付金を減額する「ペナルティ」を設けました。

昨年十月の党県議団の追及に、県はこの「ペナルティ」を昨年四月にさかのぼって廃止すると答弁しました。しかし、収納率を上げている市町へ多く配分し、保険料(税)取り立て・保険証取り上げに誘導するしくみは残されています。

国保「広域化」の危険

さらに、民主党が進める「国保の広域化」への態度の問題です。市町単位で運営されている国保を都道府県単位化し、一律の保険料(税)を設定しようというもので、公費負担を減らし、「医療費は保険の範囲でまかなえ、保険料(税)が払えなければ医療を受けるのをあきらめろ」という医療費抑制路線にほかなりません。

昨年六月、国はその地ならしとして、都道府県に「広域化等支援方針」を定めることを求めました。国の通知のなかでも重大なのは、市町が行っている国保会計への法定外の繰り入れを「早期に解消する」よう求めていることです。

前述したように、〇八年度は県下市町の合計で約七十九億円が繰り入れられ、全体では単年度収支が黒字になっていますが、繰り入れがなくなれば、六十五億円の赤字となります。広域化し、これをすべて保険料(税)に転嫁すれば、単純計算で一人約四千円の値上げに。ますます払えない人が増えるのは明らかです。

「広域化」のレールにのり、収納率アップを求める県

井戸敏三知事は、政府の「高齢者医療改革」にかかわって、国保の都道府県単位化に「反対」をとなえていますが、「すべての医療保険を一本化すべき」という立場からの発言です。

党県議団は、「反対だというなら広域化等支援方針を定めるべきでない」と県に迫りました。

「(保険財政運営と住民の健康管理の一体的なサービスが提供できるのは)住民に身近な市町村ではないだろうか」(福井県/「国保新聞」一月二十日付)などとして、全国的に五県が策定を見送ったなか、兵庫県は「財政安定化支援方針」という名で方針を策定し、収納率目標を書き込みました。いっそう市町を保険料(税)取り立てに駆り立てることになりかねません。

県民の命守る議席増で国保料(税)1万円引き下げを

日本共産党県議団は国保料(税)について、県が市町と協調して一人当たり一万円引き下げることを提案しています。また、その実現に向け、県の財政支援拡充や医療費負担の軽減を繰り返し求めてきました。

「子どもの無保険」問題では、国の調査に先駆けて党市町議員団を通じて資格証明書発行世帯の子どもの人数を調査し追及。窓口負担の軽減のため、国保法四十四条に基づく減免の活用を市町に徹底するよう求め、県から通知を出させるなどの成果もあげてきました。

一方、自民・民主・公明の各党は、これだけ県民の国保改善への願いが高まっているにもかかわらず、県議会でまったくとりあげていません。度重なる国保法改悪を進めた自民、小泉医療改悪に手を貸した公明、後期高齢者医療制度廃止の公約を破って国保広域化を進める民主には、県議会でもこの問題でものが言えないのです。

住民の命と健康を守る県政を実現するために、日本共産党の議席を伸ばすことが必要です。



グラフ1のデータ 保険料(税)と所得
1998年度 1999年度 2000年度 2001年度 2002年度 2003年度 2004年度 2005年度 2006年度 2007年度 2008年度
加入者の平均所得 843905円 772124円 731287円 702588円 666280円 595071円 587666円 580718円 616621円 622194円 647203円
1人当たり保険料 72401円 76908円 78053円 77977円 77034円 76541円 77489円 81471円 84486円 85145円 88880円
所得に占める保険料 8.6% 10.0% 10.7% 11.1% 11.6% 12.9% 13.2% 14.0% 13.7% 13.7% 13.7%

グラフ2のデータ 県内市町国保の収入内訳(決算)
年度
保険料など
国庫支出金
1984年
52.79%
47.21%
2008年
76.86%
23.14%

グラフ3のデータ 県の国保事業費補助の推移
年度
補助額
2002年度
13億9千6百万円
2003年度
13億9千6百万円
2004年度
13億9千6百万円
2005年度
12億5千2百万円
2006年度
10億8千8百万円
2007年度
8億8千4百万円
2008年度
7億4千百万円
2009年度
7億2千6百万円
2010年度
7億1千万円




(2011年2月13日付「兵庫民報」掲載)

観感楽学

「梅便りが」待たれるときになりました。昨夏は酷暑でしたが今冬はまた厳寒でした。地球温暖化による異常気象なのでしょう。オーストラリアでは干害のあとの洪水とか大変でした▼異常気象で小麦や大豆の国際価格が騰がりました。高くなるだけで済まず、世界的食糧不足になる危惧が言われています。食糧自給率が低い日本は心配です▼それなのに政府はTPP(環太平洋連携協定)加入を進めています。農業破壊だけではありません。消費者も目前の低価格を期待していると、食糧難に直面することになります▼TPPはアメリカの通商政策です。民主党政権の日米同盟強化は、沖縄問題だけでなく、日本の農業破壊も進めることになります▼先月兵庫県が発表したところによればTPP加入によって県下の農産物産出高は七百七十六億円(53%)減少するということです。兵庫県議会は「慎重審議」を要望していますが、全国で加入反対が広がっています▼農業を守ることは各自治体の責務です。今春のいっせい地方選挙においても、TPPと食糧自給率に対する態度が、各党に問われなければなりません。(Ts)

(2011年2月13日付「兵庫民報」掲載)

ふたつの署名:“予想以上の反応”にとりくみへの確信も広がる


日本共産党東灘区委員会は「二つの署名」―子ども署名・いきいき署名―の宣伝を一月三十日夕、阪神青木駅前で行いました。

東灘区で、きだ・松本両氏ら先頭に呼びかけ

冷たい風が吹くなか、きだ結県議候補と松本のり子神戸市議(ともに東灘区)がマイクを握り、「子どもの医療費の中学生までの無料化と中学校給食の実現は子育て世代の切実な願い」「七十五歳以上の医療費無料化で、安心して暮らせる神戸市、兵庫県にしていくため力を合わせましょう」と訴えました。

支部総会を終えた青木支部の党員も加わり、買い物客などに署名を呼びかけました。

署名に応じた高齢女性は「七十五歳から医療費が無料になったらずいぶん助かる」と話しました。きだ氏の訴えに「私も薬剤師です」と声をかけてきた女性も「自分の子どもはもう間に合わないけれど、中学校給食は必要ですね」と快く署名しました。

約一時間で子ども署名十七筆、いきいき署名二十筆が集まりました。また、こうした市民要求の先頭に立って奮闘する日本共産党と、きだ・松本両候補を紹介するリーフも配り、日本共産党の役割を訴えました。参加した党員は「予想以上に署名をしてくれた」とこの取り組みへの確信を強めました。



この間、東灘区女性後援会といっしょに、保育所・幼稚園前や、乳幼児健診会場(区役所)前で「二つの署名」に取り組んできた、きだ氏は「訴えれば、ほとんどの方が応じてくれ、切実な要求だと確信しています。さらに署名を広げ、実現へ県政の場でがんばりたい」と話しています。

写真:青木駅前で署名を呼びかける、きだ(右)、松本(左)両氏

(2011年2月13日付「兵庫民報」掲載)

不屈の人々―治安維持法による弾圧犠牲者(4)

燃え上がる炎…八・二六弾圧

プロフィンテルン大会

一九三〇(昭和五)年プロフィンテルン(赤色労働組合インタナショナル)第五回大会が開かれ、兵庫からは海員の中で活動していた白川芳松が参加した。白川がこの大会から持ち帰ったのは、極左的傾向を改め大胆に労働者の経済的要求獲得の先頭に立って闘い、広範な大衆を獲得していくという方針であった。

彼は帰国後、党中央に連絡し、兵庫地方委員会結成について了解を得る。

広がる大衆運動

兵庫地方委員会は積極的分子の入党、細胞(支部)を工場・学校・地域に建設、共産青年同盟(共青)の拡大・強化の方針を決めた。白川は共青を直接指導し、神戸では市電・商大・関学などに、姫路では姫高・郵便局などに組織をつくった。

二月事件以後、解放運動犠牲者救援会(モップル)が神戸支部として再建強化された。労働運動では兵神ゴム争議などがあり、全協(日本労働組合全国協議会)組織は着実に伸び、神戸市電執行部にも進出していた。農民組合県連は左派の全農全会派に属し、発展していた。

ナップ戦旗社神戸支局

一九二八(昭和三)年に創設されたナップ(全日本無産者芸術団体協議会)は、久坂栄二郎を関西地方オルグとして派遣し、神戸の上筒井に戦旗社神戸支局を設けた。付近に神戸高商と関学があり学生の運動とも連携した。

戦旗社神戸支局下には各高校・大企業・市電・百貨店の班が存在し、定例的な読書会が女性も含め開かれていた。また久保によって作家同盟神戸支部、演劇同盟関西支部(大阪)、映画同盟(京都)が結成され、ナップ関西地方委員会を構成した。

八・二六弾圧

一九三一(昭和六)年八月二十六日、再建間もない日本共産党が一斉弾圧を受ける。検挙されたのは全国で三百三十名、うち関西三府県で百八十五名、兵庫は百名、白川ら七十八名が起訴された。

検挙者は神戸では市電・神鋼などの、姫路では郵便・電話などの労働者が多い。学生では神戸商大・関学生と並んで姫高生もいた。

この中に宇治電(現山陽電鉄)で全協を組織していた大坪昇がおり、彼は戦後有名になる作家・椎名麟三である。

また党姫路地区の責任者竹内武男は(後年「神戸詩人事件」で再検挙される)、同じ姫中出身の大塚徹・松本重雄らと文学雑誌を出して影響を広げていた。彼は姫路砲兵連隊にも働きかけていた。

この一斉検挙は、労働運動・農民運動の盛り上がりの中で、共産党が大衆化路線で拡大していく情勢に官憲が恐れを抱いたからである。

(木津力松氏の「治安維持法犠牲者名簿素稿」に基づき戸崎曽太郎記)


(2011年2月13日付「兵庫民報」掲載)

議員定数と民主主義を考える(2)

神戸学院大学法科大学院教授 上脇博之

法定定数を下回る実際の議員定数と市町村合併

都道府県議会及び市町村議会の議員定数も、国会のそれと同様に憲法で明記されてはいません。従来、地方自治法により、人口数の規模などに応じて細かく分類されて定められ(法定定数)、条例で削減することも認めていたものの、あえて削減しなければ法定定数がそのまま適用されてきました。

しかし、1999年の法律改正により法律で上限数が定められ、必ずその上限数以内で条例により議員定数を明記するよう改められました(条例定数)。その結果として、実際の条例定数は法定の上限数を従来よりも大幅に下回っています。

1999年・2000年ごろは47都道府県の法定上限定数の合計は3101で実際の条例の定数の合計は2910でした。しかし2010年7月1日現在では、法定上限定数の合計は3104で実際の条例の定数の合計は2784。両者の差は320もあるのです。47都道府県のうち、法定の上限一杯の議員定数を条例で定めているのは、和歌山県議会の1つだけ。その他の都道府県は、すべて上限を下回る定数しか定めておらず、上限数に対する実際の議員定数の占める割合は平均すると9割程度(90.4%)なのです。

有権者数は、1989年で約8989万人、2010年は約1億403万人と増加しているのに、都道府県議会の議員定数は以上のように削減されてきました。

市町村議会における議員定数はもっと削減されてきました。「平成の大合併」があり、市町村の数自体が減少していることがその主要な原因。1999年まで3229の市町村があったのに、2010年3月現在ではその半分を少し上回る1727(割合でいえば53%)にまで減少。議員定数で比較すると2003年には全国で5万7千を超えていたのが、2009年には3万5千を割っているのです(割合でいえば60%)。

兵庫県では1999年4月の篠山市発足を皮切りに、19地域で市町合併が行われ、同年3月末日時点で91(21市70町)あった市町数は、2006年3月末までに41(29市12町)となり、約55%減少(「市町合併の効果・課題に関する研究会」報告書2010年2月)。

兵庫県選挙管理委員会の提供資料によると、2001年度における兵庫県内の市町議会の議員定数の法定上限数は2436で条例定数は1707でした。その後、市町合併により削減され、2009年度では法定上限数は1262で条例定数は965にまで減っているのです。

兵庫県内の有権者の数は、2001年で約444万人、2010年は約455万人と増加しているのに、市町議会の議員定数は以上のように削減されてきたのです。

明らかに民意の切捨てです。

第29次地方制度調査会は、議会の議員定数における法定上限の撤廃を答申しています(2009年6月)が、今それを行えば、議員定数はもっと削減される方向に流れてしまうでしょう。



兵庫県内市町議会の総定数
2001年度 2009年度
法定上限数計 2436
1262
条例定数計 1707 965


(2011年2月13日付「兵庫民報」掲載)

小野市議選に新人の藤原氏

いっせい地方選挙・小野市議選(定数二減の十六、四月十七日告示・二十四日投票)の日本共産党候補の略歴を紹介します。

藤原あきら(62)=新=

県立小野工業高校機械科卒。稲坂歯車製作所、中村建設、宮永建築設計事務所に勤務。東播建設労働組合書記長など歴任。現在、同労働組合事務局員。日本共産党東播地区委員。






(2011年2月13日付「兵庫民報」掲載)

一コマまんが

熟練パイロットはいらない?

間 康成

(2011年2月13日付「兵庫民報」掲載)

息子の過労死認定求めて提訴


「このまま生きていくのは死ぬより辛い」―、神奈川県川崎市に本社がある大手コンピュータ会社で働く西垣和哉さんが、ブログにそう書き残して06年1月、治療薬の過量服用で死亡しました。27歳でした。1人息子を過労死で失った母親・迪世(みちよ)さん(66)=神戸市須磨区北落合=は、労災不支給決定の取り消しを求めて裁判を闘っています。兵庫でも支援を広げてほしいと訴えています。

月150時間超える残業も

和哉さんは、神戸の専門学校を優秀な成績で卒業。02年にシステムエンジニアの即戦力として採用されました。

翌年4月には、先行実施が同年末に迫っている地上デジタル放送プロジェクトへの配置転換で、職場が東京門前仲町に変わりました。

その職場では、全員がノルマに追われ、深夜早朝までの超長時間労働が常態化していました。和哉さんのタイムレコーダーには「朝8時30分退社、同9時出社」や「退社と出社のあいだがたった1分で2日連続勤務」という記録が残っています。

上司はタクシーで帰宅できても、川崎の独身寮から通う和哉さんには、終電後に退社しても、寮に帰る方法などありません。職場には身体を横たえて休む部屋や、ソファもなく、机に突っ伏して仮眠する毎日でした。

それほどまで身体を酷使して作り上げたプログラムが、仕様変更を理由に、最初からすべてやり直す場合もしばしばでした。

和哉さんは、精神的負担から睡眠障害から同年9月、鬱病を発症。11月から翌年1月まで休職しました。発症前の1カ月あたり法定外労働時間は平均87時間、150時間を超える月もありました。

川崎市内の職場に、9時から17時までの定時規制を条件に復職しましたが、限られた納期に、最少人数で仕上げなければならず、忙しくなると当然のように残業せざるを得ませんでした。職場に社員の立場に立つ労働組合はありませんでした。

復帰後の残業時間は月平均45時間が続くときもあり、朝起き出せないなど鬱病が悪化。2回目の休職になりました。05年8月、入社4年目でした。「ここが我慢のしどころか。あまりにもおかしい」「だるい、働きすぎです」と当時のブログに書いていた和哉さん。再び同年11月復職。やはり体調は回復しないままでした。数種類多量の薬を飲む毎日でした。

06年1月26日、急性薬物中毒で死亡しました。原因は治療薬の過量服用です。

「なぜ息子は命を落としたのか」

心配しながら、息子の働き方を見守ってきた迪世さんは大変な衝撃を受けました。「働きだして2年目ごろから、息子も会社も尋常な状態ではないと感じていました。この仕事が好きで、喜んで入った職場で、なぜ死ななければならないのか。納得できません」

迪世さんは、川崎北労基署に06年4月、労災を申請しましたが、翌12月不認定に。08年1月、神奈川県に労働保険審査を請求しました。県はこれを棄却。

中央労働保険審査会への再審請求も、棄却されました。

訴えが3度とも棄却になりました。

「元気で明るく、友だちも多かった息子が鬱病を発症し、死亡した原因は長時間過密労働による労働災害以外、考えられない」と、国を相手どり、09年2月、処分取り消しを求め、東京地裁に提訴しました。

法廷では、和哉さんの元同僚が証言に立ってくれました。東京・神奈川・大阪・兵庫を中心に裁判支援の会が結成されました。裁判は昨年12月に結審し、3月25日判決が言い渡されます。

迪世さんは、処分が取り消されるまで闘う決意です。「人のいのちを大切にしないこの国の仕組みは間違っている」と支援を訴えています。

写真:和哉さんの死後、働いていた当時の姿を絵にした迪世さん


(2011年2月13日付「兵庫民報」掲載)

高齢者見守り事業提案:神戸市水道サービス公社労組

「全世帯と繋がる検針員だから」

兵庫自治労連神戸市水道サービス公社労組(牧由美子委員長)が、検針業務を活用した高齢者見守りネットワークの事業化を、神戸市に要請しています。

検針員は市内全世帯を2カ月に1度、確実に訪問しています。水道メーターが家の中や庭にあったり、営業中は検針できない店舗もあります。長年築かれた住民との信頼関係により、家に上がりこむことや、開店前後の訪問も、誠実におこなわれてきました。検針員の訪問を心待ちにしている高齢者もいます。

同労組は勤続20年前後の検針員で構成。全員が女性、1年契約の嘱託職員です。

神戸市は65年、水道サービス公社を100%市の出資で設立。直営だった検針や未納徴収業務を、公社に委託しました。そのうえさらに「財政削減」を理由に、検針業務の民間委託を打ちだし、07年11月に北区、09年11月から長田区・須磨区で強行しました。現在3度目の民間委託が計画されています。

労組は、これ以上の民営化を許さない闘いとともに、自分たち検針員だからできる事業として「高齢者見守り安心ネットワーク」を提案、市に認可を求めています。

実現にむけ、広く市民の声を集めようと、アンケートハガキ付ビラを作成。先月末から市内各所で街頭宣伝をおこない配布中です。

2月5日は、兵庫区ハートフル湊川前で組合員約10人がそろいのオレンジ色のスカーフをつけ、買い物客らに説明。「それはいいことや」「ぜひやってほしい」と賛同意見が次つぎ寄せられました。

牧さんは「市民生活と密接に繋がる私たちの仕事に誇りをもっています。見守りサービスをぜひとも実現させたい」と語っています。

写真:ビラを配り、説明する牧由美子委員長(右から2人目)ら神戸市水道サービス公社労組の組合員=2月5日、兵庫区ハートフル湊川前で


(2011年2月13日付「兵庫民報」掲載)

レッドパージ兵庫訴訟:2月10日結審

川崎義啓さん(94)、安原清治郎さん(89)、大橋豊さん(81)の3人が、61年前の、共産党員を理由とした職場追放は、憲法の定める思想・信条・結社の自由と、法の下の平等に違反し無効と訴え、名誉回復と損害賠償を求めているレッドパージ兵庫訴訟は2月10日、神戸地裁第6民事部(矢尾和子裁判長)で結審をむかえました。

これに先立ち被告の国が最終準備書面を裁判所に提出しました。原告側が、明神勲北海道教育大学名誉教授の証言でも明らかにしてきた歴史的事実に基づく議論を避け、最後まで最高裁判例に固執する従来主張に終始しています。

「非常時は堪え忍べ」国主張

このなかで国は「戦中・戦後の国の非常事態にあっては、国民のすべてが生命・身体・財産の犠牲を堪え忍ぶべきことを余儀なくされており、補償の判断は国会の裁量権に委ねられている」「連合国軍総司令部の占領政策の一環だった、レッドパージによる解雇・免職に対しても、当時の諸事情を踏まえた高度の政策的判断が必要」と主張しています。

これに対し大橋さんは「『国の存亡のかかわる非常事態にあっては、国民はすべて犠牲を堪え忍べ』といっている。空襲や原爆の犠牲者もみな我慢しろというのか。こんな意見しか書けないことで、私たちの訴えが正論であり、国主張の矛盾がいっそう明白になった」と語っています。

(2011年2月13日付「兵庫民報」掲載)

枝吉保育所廃止処分差し止め訴訟:最高裁で敗訴

公立保育所の廃止・民営化は、人格形成期の子どもたちの権利を侵害、多大な苦痛を与えるとし、枝吉保育所(神戸市西区枝吉4丁目)の保護者らが神戸市を相手どり、廃止処分の差し止めを求めていた裁判で、最高裁第1小法廷(白木勇裁判長)は1月20日、上告棄却の不当判決を下しました。

「財政難の解消」を理由に、公立保育所の民営化を進める神戸市に対し、市立枝吉保育所の保護者181人が06年12月、神戸地裁に提訴。08年12月の判決は、子どもや保護者の保育所選択権を認めませんでした。

「保育とは何か」に答えず

10年3月、大阪高裁判決は、市側意見のみ採用した地裁判決を追認。原告らの「子どもの権利条約への違反ではないか」「保育とはなにか」の訴えに、まったく答えていません。

最高裁も1、2審判決を支持。口頭弁論はおこなわれませんでした。

原告らを支えてきた裁判支援の会世話人会(畦布久隆代表)が2月5日、枝吉保育所でひらかれ、11人が参加しました。

高橋敬弁護士が、判決内容を説明。「最高裁は判断を逃げた。しかし、みなさんの運動が、行政に緊張感を与え、意義のある裁判だった。これをきちんとまとめ財産にしてほしい」と述べました。

原告団長の藤原昭生さんは「立証できることはすべてやった。保育を軽視されたことが悔しい。敗訴したが、移管先を行政任せにせず、枝吉保育所の子どもたちを実害から守った。僕たちのやってきたことに間違いはなかった」と語りました。

写真:高橋敬弁護士(手前)から判決内容の説明を聞く原告らと支援の会=2月5日、枝吉保育所

(2011年2月13日付「兵庫民報」掲載)

兵庫県平和美術家協会:第10回会員展


兵庫県平和美術家協会(宮崎潤二会長)の第10回会員展が1月28日から6日間、神戸市中央区のサンパル市民ギャラリーでひらかれました。

20人が書や絵画、写真、彫刻などを出展しました。栃尾正信さんは、木彫りのレリーフ「母子像」と、竹と照明を使い、震災から16年のいまをイメージした彫刻「祈、音、光」を出品。中井真人さんは、パステル画で「婦人像」の連作を出しました。

会場を訪れた人たちは、1点1点に見入っていました。

(2011年2月13日付「兵庫民報」掲載)

図書紹介「山桜・松・梅の木が伝えた真実―火力発電所の公害と反対闘争10年の軌跡」

各国が温室効果ガス削減策を話し合う、気候変動枠組み条約第3回締約国会議(COP3・京都会議)開催の97年、石炭火力発電所問題を考える集会が広島でひらかれました。

参加団体は翌年、神戸で全国連絡会を結成し、これまで毎年、持ち回りで交流集会をひらいています。

その運動の全記録を「山桜・松・梅の木が伝えた真実―火力発電所の公害と反対闘争10年の軌跡」にまとめました。神戸製鋼(神戸市灘区)の石炭火力発電所問題を考える市民ネットワークも運動経過を載せています。

火力発電問題全国連絡会・編、A4判198㌻、頒価1千円(送料含む)。☎078・341・7593(ひょうごECOクラブ)


(2011年2月13日付「兵庫民報」掲載)

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